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東京高等裁判所 平成元年(く)56号 決定 1989年5月26日

主文

原決定を取り消す。

申立人に対する出入国管理及び難民認定法違反の罪の刑を、「罰金三万円。右罰金を完納することができないときは、一日金二五〇〇円の割合による労役場留置。」と定める。

理由

本件抗告の趣意は、申立人が提出した即時抗告の申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、原決定は、申立人が罰金一〇万円に処する旨の略式命令を受けていた外国人登録法違反並びに出入国管理及び難民認定法(以下、「入管法」という。)違反の罪のうち、外国人登録法違反の罪について大赦による赦免を受けたことを理由として、刑法五二条、刑訴法三五〇条により赦免を受けない入管法違反の罪の刑を、「罰金五万円。右罰金を完納することができないときは、金二五〇〇円を一日に換算した期間申立人を労役場に留置する。」と定めたが、右刑は重過ぎて不当であり、執行を猶予するか大幅な減額をされたい、というのである。

そこで、記録を精査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討すると、申立人は、フランス国籍を有する外国人であるところ、昭和四九年九月五日フランスから本邦に入国し翌六日当時の出入国管理令四条一項一〇号の在留資格を得て川崎市内に居住し、その後昭和五二年八月一二日、昭和五五年八月一四日及び昭和五八年八月二五日の三回にわたり在留期間の更新を受けたこと、申立人は、昭和六〇年五月九日、川崎市内に住む李相鎬がいわゆる指紋押なつ拒否によって逮捕されたことに抗議して、その支援者らと川崎区役所田島支所に押しかけるとともに、外国人登録証明書をなくしたとして同支所にその再交付を申請したが、その際、外国人登録法に基づく指紋の押なつをしなかったこと、申立人は、結局、係員から指紋不押なつのままの外国人登録証明書の交付を受けるに至ったが、右のとおり指紋の押なつをしなかったため、同年五月二九日東京入国管理局横浜支局から数次再入国許可の取消しを通告されたばかりでなく、昭和六一年八月七日同支局に三年間の在留期間の更新を申請した(なお、申立人は、同年四月二三日相模原市内に転居し、その旨届け出ている。)のに、同支局は、同年九月六日申立人の前記指紋不押なつを理由として右申請を認めず、出国準備のための在留期間を同年一二月五日までの三箇月とする在留期間の更新を許可するにとどまったこと、申立人は、同年一一月一〇日再度三年間の在留期間の更新を申請したが、同支局は右と同一の理由により右申請を不許可としたこと、しかるに、申立人は、在留期間である同年一二月五日までに本邦から出国せず、同月一一日までの間、在留期間を経過して相模原市内の住居に居住して本邦に残留したこと、申立人は、昭和六二年八月一〇日、前記の指紋押なつをしなかったとする外国人登録法違反及び在留期間を経過して本邦に残留したとする入管法違反の各罪により罰金一〇万円の略式命令を受け、これに対して正式裁判の申立てをしたが、昭和六三年二月二二日右申立てを取り下げたため、右略式命令が確定するに至ったこと、その間の昭和六二年九月二六日法律第一〇二号によって外国人登録法の一部が改正されて、申立人がしたような外国人登録証明書の再交付申請の場合には、再度の指紋押なつは原則としてしなくてもよいこととされ、同改正法は昭和六三年六月一日から施行されたこと、平成元年二月一三日政令第二七号の大赦令が制定され同月二四日施行されたため、原裁判所は、検察官の請求に基づき、同年四月五日右各罪のうち外国人登録法違反の罪については前記大赦令一条五号により赦免を受けたことを理由として、刑法五二条、刑訴法三五〇条により赦免を受けない入管法違反の罪の刑を、「罰金五万円、右罰金を完納することができないときは、金二五〇〇円を一日に換算した期間申立人を労役場に留置する。」と定める決定をしたこと、なお、申立人は、昭和六三年一一月二日法務大臣から平成三年一一月二日までの三年間の在留特別許可を得て、現在わが国に在留していること、以上の各事実が認められる。

右の事実関係に基づき、申立人に対する入管法違反の罪につき原決定が定めた罰金刑の当否について検討することとする。申立人から同支局に対してなされた三年間の在留期間の更新申請が三箇月間の出国準備期間の限度においてのみ許可され、その結果、申立人が昭和六一年一二月六日以降在留期間を経過して本邦に残留するに至った原因は、申立人が外国人登録証明書の再交付申請の際、指紋の押なつをしなかったことによるものであることが明らかであるところ、このような場合には、前記のとおり、外国人登録法の一部改正により原則として指紋の押なつをしなくてもよいことになったうえに、申立人は、その外国人登録法違反の罪について赦免を受け、更にその後三年間の在留特別許可を得て本邦に在留し、その間何らの非違行為に及んでいないことに、本件の不法残留期間がわずか六日間に過ぎないことなどの事情をも勘案すると、前記外国人登録法違反の罪についての法定の罰金額よりも入管法違反の罪のそれが多額であることを考慮に入れても、原決定が略式命令の一〇万円の罰金額をその半額に減じ、入管決違反の罪の刑を罰金五万円と定めたのは相当でなく、重きに失するものと考えられる。そして、前記の各情状に同種事案に対する量刑の実情などをも併せて考慮すると、申立人に対する同法違反の罪の刑を主文第二項のとおり定めるのが相当である。論旨は右の限度で理由がある。

よって、刑訴法四二六条二項により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 坂本武志 裁判官 田村承三 泉山禎治)

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